レーゲンスブルクの写真展 アブルッツォ 羊飼いの世界
|2015年10月30日
アントニオ・ビーニ
写真家兼少人数ツアーのオペレーター、ヘルベルト・グラーベはアブルッツォの山々を30年に渡って歩き撮影してきた”羊飼いのいる風景”を展覧会で表現しようと考えた。題して“Transumanza: Kultur und Natur der Schäferei in den Abruzzen” (トランスマンツァ:アブルッツォの牧羊文化と自然) 、2015年10月25日より11月14日までドイツ・バイエルン州レーゲンスブルクで開催されている写真展だ。
ドイツ語にも移牧(transhumanz)を意味する言葉は存在するが、イタリア語の”トランスマンツァ(transumanza)”にこだわったのは、アブルッツォの羊飼いたちがプーリアの台地に向かって迷路のように広がる街道を移牧していた時代の伝説、千年に及び繰り返される営みをより正確に伝えるために必要だったからだ。展覧会はレーゲンスブルクの旧市街にあるレストラン「Leerer Beutel」で開催され、期間中は通常のメニューに加えてアブルッツォの料理や食品が振舞われる。
展覧会のスピリットをより理解するためにヘルベルト・グラーベにいくつか質問してみた。
Q) このテーマへの関心はどのように生まれたのですか?
A) 初めてアブルッツォを旅した時、山々と羊飼いの世界に心を打たれました。そこでトランスマンツァというテーマを掘り下げることにしたのです。何世紀も繰り返されてきた水平移動、特にモリーゼを横切った後で台地に向かった移牧は過去のものとなりましたが、それでもまだ垂直移動の移牧は今でも続いているのです。
Q) あなたは山の中を、まるで18世紀以前のように、今でも羊飼いたちと無限の羊の群れが存在していると想像しながら放浪しているような印象を受けましたが?
A) ええ、私にとって山々と羊たちは今でもアブルッツォに欠かせない存在なのですよ。小さな村々や風景など今でも羊飼い文化の名残を留めているものはたくさんあります。牧羊の歴史は社会的、文化的に多大な影響を残しているのです。マイエッラのトロスは分かりやすい例ですね。
Q) 牧羊の経済的危機は、ここ数年移民や内陸部放棄などの現象につながっています。この世界はどのように変わっていくのでしょう?
A) 以前のように自然や伝統に従い仕事をする人々はとても少なくなってしまいましたが、それでも私はアブルッツォの羊飼いたちや牧羊で暮らしを立てる人々を何人か知っています。スカンノのグレゴリオ・ロトロ、アンヴェルサ・デイ・アブルッツェージのヌンツィオ・マルチェッリとマヌエラ・コッツィ、カステル・デル・モンテのジューリオ・ペトロニオのような人たちです。彼らの重労働には尊敬の念を覚えます、今はバルカン諸国から来ている羊飼いたちもいますよ。このような世界を私はアブルッツォのプロモーション20周年を祝う展覧会で思い出させたかったのです。環境観光に特化したツアーオペレーターHerde und Wind(地球と風)として。
ドイツのマスコミは展覧会の記事で興味深い見解を表明している。特に日刊紙ミッテルバイエリシェのフロリアン・センテンは10月21日の記事でドイツの一部地域で出没した一匹オオカミ達のエピソードに触れ、真の羊飼いが今もオオカミや悪天候と戦いながら生きているアブルッツォの羊飼い神話を引用した。
記事にはグレゴリオ・ロトロ、先にヌンツィオ・マルチェッリと共に言及された現代の羊飼いが写った写真が添付されているのだが、いわゆる絵画的なアブルッツォの羊飼いのイメージではない。力強く人間味と知性を感じる、誇りを秘めたこの実在人物のイメージは17-18世紀の”グランドツアー”の旅人達、ロマン主義者達が憧れた世界から、おそらく無意識のうちにずっと続いているものであり、現代の旅人達に、特にメジャーな土地への団体旅行とは縁のない旅行者達にも大きな影響を与え続けている。
アブルッツォの風景に魅了されたヘルベルト・グラーベは、2012年春にサント・ステーファノ・ディ・セッサーニオにおける風力発電の計画から領土を守るため機関や団体に広範囲で詳細な文書を通じて働きかけた。また近年は2009年の地震によって損傷したフォッサの町のラ・フラゴリーナ劇場のため25000ユーロを集める活動にも従事した。
彼の展覧会では人間的芸術的感性を通した風景、小さな村々や隠者達の隠れ家、そしてしばしば秘境の地の光景とともにアブルッツォの山々をそのままに守り営みを続ける男女達を常に尊敬し真剣に支持している姿が伝わってくる。
関係地方機関による具体的なプロモーション政策がないにもかかわらず、このように価値観や環境資源を組み合わせて地域の肯定的なイメージを特徴づける営み今日も続いている事実を熟考してみる必要があるだろう。